第3章
小百合が小道具の箱に這って戻ろうと、必死に音を立てないようにしている。抑えようとする嗚咽のたびに、その小さな肩が震え、私は彼女が小さな拳を口に押し当てるのを見つめる。隅っこで怯える、傷ついた子犬のようだ。
考えるより先に、私は彼女のもとへ駆け寄っていた。ただあの子を抱き上げて、何もかも大丈夫だよと伝えてあげたい。それだけを願っていたのに。けれど私の手は、彼女の震える体をただすり抜けていくだけ。
私の小百合。ママはここにいるのよ。あなたを抱きしめてあげたくてたまらない。
涙に濡れた頬に手を伸ばし、必死に拭ってあげようとするけれど、私には何もできない。あの子が狭い空間でたった一人で震えているというのに、私は完全に無力なまま、ここに漂っている。
どうして、私は自分の娘を慰めることさえできないの?
彼女を本当の意味で、その姿を、ちゃんと見たとき、私の心は張り裂けそうになった。すごく痩せてしまった。小さな顔はこけて、瞳からはもうあの輝きが消えている。龍也はあの子に、いつからか分からないほど長い間、かぴかぴのパンしか与えていなかった。三歳の子供が、そんなものでどうやって生きていけるというの?
あの子はずっとお腹を空かせている。ちゃんとした食べ物が、ミルクが、私が昔よく作ってあげた土曜の朝のパンケーキが必要なのに。
ああ、週末の朝の光景が今でも目に浮かぶ。小百合はプリンセスのパジャマ姿でキッチンを跳ね回り、「ママのお料理、お手伝いする!」と言い張っては、小麦粉をそこら中に撒き散らしたものだ。後片付けにうんざりしていたけれど、今なら、これからの毎日、永遠に、あの子のためにパンケーキを焼いてあげられるなら、何だって差し出す。
もしやり直せるなら、百万枚だってパンケーキを焼いてあげるのに、私の可愛い子。
小百合は片手で空っぽのお腹をさすりながら、窓辺へと歩いていく。そこには空のお皿が置かれている。私が夜食に小さなクッキーを置いておくという、昔からの私たちの習慣で使っていたお皿だ。
あの子は、私がそこにパンケーキを置いてくれるのを待っている。ママがもう二度と帰ってこないなんて、知りもしないで。
私はまるで何もできない幽霊のように、ただここに漂い、音を立てようと、私がここにいるという合図を送ろうと試みるけれど、何もできない。
小百合が空腹を顔中に浮かべてうずくまっているのを見ていると、昨夜の美咲の言葉が脳裏によみがえった。待って。彼女、小百合を迎えに戻ってくると言わなかった?確かに言い方は意地悪だったけれど、でも、約束はした。
美咲は来ると言った。私のことを憎んでいるとしても、子供を傷つけたりはしない、でしょう?
時計に目をやる。もう翌日の午後だ。もし美咲が本気で小百合を迎えに来るつもりなら、今どこにいるの?
私、馬鹿なことを考えているのかしら。私のことなど我慢ならないと思っている人間が、娘を救ってくれるなんて。でも、他に誰がいるっていうの?
裸のマットレスの上で丸くなる小百合をもう一度見る。スタジオで何が起きているのか、確かめに行かなくちゃ。彼らが何か計画を立てているかもしれない。もうこちらへ向かっているところかもしれない。
彼らが何を考えているか知る必要がある。死んでしまっても、小百合の安全は確かめないと。
お願い。私のことが憎くても、その憎しみを小百合に向けないで。あの子はただの小さな子供なの。
小百合をあの家に一人残していくのは、胸が張り裂ける思いだったけれど、知らなければならない。私は壁をすり抜け、焼けつくような遠都の陽光の中へ出た。太陽はまだ燦々と輝いているけれど、もう何の暖かさも感じない。
黒石スタジオまで、これまで百万回も通ったのと同じ道筋を辿る。まだ小さかった頃は、パパの車に乗せてもらって。結婚してからは、龍也が珍しく実家への訪問を許してくれた日に。どの道のりも、希望と不安が入り混じった気持ちでいっぱいだった。
もしかしたら、今日だけは違うかもしれない。小百合が危険な状況にいると知れば、私たちも家族なのだと思い出してくれるかもしれない。
スタジオの建物がすぐ目の前に見えてくる。いつもと寸分違わぬ姿で。七歳になる前は、私はこの廊下を「お姫様」なんて呼ばれながら走り回っていた。今ではまるで、見知らぬ誰かのお城を見ているような気分だ。
最上階の試写室から、笑い声とジャズの音楽が流れてくるのが聞こえる。美咲が一番好きな音楽だ。彼らはパーティーを開いている。
彼らが必死で小百合を救出する準備をしているところを見つけたいと願う自分がいる。その一方で、彼らがあの子のことなど微塵も考えていなかったらどうしようと、恐怖に震える自分もいた。
私は壁をすり抜けて試写室に入り、ぴたりと動きを止めた。いや、死んでいるのだから、さらに死んだように、と言うべきか。そこはまるで、完璧な家族のクリスマスカードのような光景だった。美咲は豪華なデザイナーズドレスを身にまとい、革張りのソファの真ん中に座っている。まるで女王様のように、誰もが彼女を取り囲んでいた。壁には、日本アカデミー賞を受賞した彼女の拡大写真が所狭しと飾られている。
「パパ、カンヌに行きたい!」美咲はまだ五歳児のように足をばたつかせ、唇を尖らせる。「一流スターがみんな集まるのよ。見逃すわけにはいかないわ!」
文人はただ笑い、手を伸ばして彼女の髪をくしゃくしゃにする。「もちろんだとも、プリンセス。どこへだって好きな所へ行けばいい」
恵理奈はその隣に座り、みかんの皮を剥いては、その一房を美咲の口に運んでやっている。「落ち着いて、美咲。喉に詰まらせないようにね」
雅人はコーヒーテーブルに広げられた仕事の書類から顔を上げた。「プライベートジェットは手配しておく。いつものホテルのペントハウススイートも予約するよ」
彼らはお祝いをしていた。小百合があの小道具箱の中でお腹を空かせているというのに、彼らはここでパーティーを開いているのだ。
その対比が、平手打ちのように私の顔を打つ。私が二十三歳で家に戻ったとき、こんな扱いは一度も受けたことがなかった。誕生日にさえ、夕食はただの夕食で、それも大抵は美咲が何かを必要としたせいで途中で切り上げられたものだ。
文人が何気なく口にする。「明日は龍也の撮影現場に寄って、新しい契約書にサインしないとな」
美咲の笑顔が瞬時に消え失せる。その瞳に浮かんだ嫉妬の閃きは、氷のように冷たい。「ああ、そう。彼女はあなたの本当の娘ですものね。もちろん、彼女の方が大事に決まってるわ」
文人はまるで不機嫌な幼児をなだめるかのように、すぐに前言を撤回し始める。「いやいや、美咲、そういう意味じゃないんだ」
恵理奈が素早く割って入る。「こうしましょう?私は美咲とここに残るから、あなたはさっと行ってくればいいわ」
つまり、彼らは小百合を救出する計画など、端から立てていなかったのだ。彼らの頭の中では、私の死などどうでもよく、私の娘のことなど、なおさらどうでもいいことなのだ。
彼らが美咲の最新映画の舞台裏映像を見ていると、突然、恵理奈が胸を押さえた。彼女の顔が紙のように真っ白になる。
「どうした?」文人の声が心配そうになる。
「分からないの」恵理奈は心臓のあたりに手を当て、その瞳には本物の不安が宿っていた。「ただ、何か恐ろしいことが起ころうとしているような気がして」
私はここに漂いながら、完全に呆然として母を見つめていた。
彼女は私を感じているの?私が死んだことを知っているの?
文人は彼女を優しく抱きしめる。「最近、興奮することが多かったからじゃないか。美咲の受賞に、これから始まるオスカーシーズン。君はずっとストレスを抱えていたからな」
恵理奈は頷くが、その心配そうな表情が消える気配はないのが見て取れた。「そうかもしれないわね。年を取ると、何でもかんでも心配になるものなのかしら」
真夜中を過ぎ、恵理奈はベッドで寝返りを打っていた。先ほどの不安な気持ちは、ますます悪化しているようだ。
「あなた」彼女の声が暗闇を切り裂く。「私たち、瑠美に少し厳しすぎたのかもしれないわ」
文人は目を覚まし、苛立ったようなうなり声を上げる。「今度は何だ?」
「瑠美が家に帰ってきたときの手首の傷跡、覚えてる?彼女がしきりに離婚の話をしていたことも」恵理奈の声には、罪悪感の色が滲んでいた。「私たちは、もっと注意を払うべきだったのかもしれない」
文人はそれを一蹴する。「龍也との結婚は、彼女にとって最高の出来事だったんだ。彼は有名なアクションスターだぞ。どれだけの女が彼女の立場になりたいと思っていることか」
「でも、私はあの子の母親なのよ」恵理奈の声には今、本物の痛みがこもっていた。「あの子は母親らしい愛情を受けずに育って、やっと家に帰ってきたときも、私はただ……」
だが、恵理奈はいつものように、自分自身を言いくるめてしまう。「でも、瑠美は美咲よりたくましいもの。路上で何年も生き延びてきたんだから。それに、こんなことで誰かが死ぬわけでもあるまいし、ね?」
その言葉を聞いて、私の幽霊の心は氷に変わった。
誰かが死ぬわけでもあるまいし。あなたはそう思っているのね。
私はこの暖かい寝室を、両親が眠るベッドを、最後にもう一度見つめる。かつて私が必死に渇望した愛。そして、私は背を向けた。
さようなら、家族。あなたたちは決して本当に私のものにはならなかったけれど、私は持てる全てであなたたちを愛していた。今、大事なのは小百合だけ。あの子だけが、私が手放すことのできない唯一の存在なのだ。








